治療法レポート

森田療法

『だいじょうぶ』'98年6月号より

 森田療法とは、大正から昭和初期に森田正馬博士によって創始された神経症の治療法で、近年、海外での評価が高まり、国際的な治療法に発展しています。
 西欧の心理療法がフロイト理論の流れをくみ、神経症の患者さんの不安や葛藤を分析して排除しようとするのに対して、森田療法は不安や葛藤を異常なものとは考えず、あるがままに受け入れるように考える点で、まったく相反する立場をとっています。ごく普通の人でも感じる不安や葛藤の心理的メカニズムも含めた治療法ですから、理解しやすく、患者さんの共感を得やすいという特徴があります。
 1万2000世帯、4万5000人の人口を抱える東京の一大ベッドタウン、光が丘。その一角にある「光洋クリニック」では、実際に「森田療法」による治療を行っています。市川光洋院長に、お話を伺ってみました。

「森田神経質」とは?

「森田療法で効果があるのは、森田神経質と呼んでいる特定の性格傾向をもつ人の神経症です。向上心があり、完全主義者で小さなミスも許すことができず、つねに反省しており、内向的で、先のことをあれこれ思い悩む心配症・・こうした性格の傾向が強い人を森田神経質というのです」
 クリニックを訪れる主婦やOLの中でも、森田療法の対象となる典型的な症状のひとつは「場面恐怖症」と呼ばれるもの。PTAの会合や地域のサークル、異性との食事などの社会的場面、対人場面で緊張と不安を極度につのらせ、その場面を想像しただけで胸が苦しくなり、ついには人前に出るのを避けるようになる神経症の一種です。
 人前での緊張や不安、葛藤などは誰にもあるものですが、森田神経質に当たる人は自分でハードルを高くして、越えられない・・と思い悩みがちです。そのあげく、現実から逃避してしまい、理由づけによって逃避を正当化します。そのためにハードルがいっそう高くなり、症状が慢性化するのだそうです。
「そうした心の悪循環を断ち切るために、森田療法では、自分の緊張や不安を“あるがまま”に受け入れ、自分本来の欲望にしたがって動く“目的本位”の行動をとるように導きます」
 祉会生活に著しく支障をきたしている患者さんには入院治療が行われることもありますが(光洋クリニックは外来治療のみ)、心に重荷を抱えながらも仕事や家事をなんとかこなしている患者さんは、週1回程度の通院ではとんどが改善するそうです(ケース1、ケース2参照)
 外来治療は、市川院長が神経症についてまとめたレジュメや、森田療法を紹介した本を、患者さん自身が読むことから始まります。
「患者さんは、こんなくだらないことで悩んでいるのは自分だけだと、悩みをひとりで抱えこんでいます。そこで、本に書かれた体験談などを読んで、緊張や不安は誰にでもあるのだということをまず知ることが大切なんです。  自分自身で症状をつくりだしている神経症のからくりを理解していただいた後は、テーマを決めて少しずつ行動してもらい、通院のたびに結果を話し合いながら、日常生活での“目的本位”の行動を促していきます。『こうしたい!』という本来の欲求にしたがって行動することで、とらわれから離れる瞬間が得られ、それを繰り返すことで少しずつ治っていくのです。私はスポーツのコーチのようなもので、コツさえつかめれば、患者さんは応用して自分なりのやり方をマスターしていくようです」
 こうして森田療法を理解し、段階を経て治った人は、神経症になる以前よりも考え方に余裕ができたり、他の人の気持ちがわかるようになったりと成長し、新しい適応性を得て、神経症は再発しにくいということです。

森田療法の治療対象となる主な神経症

社会的場面、対人場面での緊張によるもの スピーチ恐怖症、発表恐怖症 仕事をもつ男性に多く、最近は女性にも増えている。会議などで発言中に声が震えた、顔が赤くなったことなどをきっかけに、「次も失敗するのではないか」との意識が強くなり、会議の何日も前から緊張し、不眠になったりする。電話で声が震える電話恐怖もある。
書痙(しょけい) 昔から知られている神経症で、人前で書類を書いたり、サインをするときに手が震え、その震えを止めようとすればすするほどひどくなり、やがてひとりで字を書くときも震えるようになる。
体の不調や病気、事故などの不安によるもの 不安神経症
(心臓神経症)
通勤や通学途中、電車内などで不安発作(動悸、呼吸困難、めまいなど)が起きたとき(たまたまそれが寝不足や車内の暑さが原因だったとしても)、また急に発作が起こるのではないか、起こったらどうしよう・・・と絶えず不安を感じて、電車に乗れなくなったり、外出できなくなる。検診などで不整脈や高血圧を指摘されたことで、今まで意識していなかった脈拍や動悸のことが頭から離れなくなるなど、不安発作がなくても起こる場合もある。
胃腸神経症 食中毒や急な下痢などをきっかけに、食べると必すトイレに行きたくなったり、いつ行きたくなるかわからない、と不安で乗り物に乗れなくなる。悪化すると、食が進まずやせてしまうこともある。
がん恐怖症、エイズ恐怖症など 新聞やテレビで病気の情報を得た後、軽い体の不調さえ気になって、自分はがんやエイズなどの重病ではないか、という考えが頭を離れなくなる。
不眠神経症 「眠らないと体に悪い」「寝不足は仕事に差し支える」と思い込み過ぎて、眠れないことに不安がつのる。「眠ろう、眠らねば」の思いがよけいに不眠を深める。
事故恐怖症 知人が事故を起こしたことなどをきっかけに、交通事故や飛行機事故を過度に意識して、乗り物に乗れなくなる。

ケース1 会食恐怖症(20代・OL)

●症状

 仕事が終わって、彼との待ち合わせはおしゃれなフランス料理のお店。久しぷりのデートで気分はバラ色・・・のはずが、急な仕事で行けないと嘘をついて断ってしまったそうです。彼女の場合、最初の会食のときに体調が悪く、食事が手につかなかったため、次からも食事のときに気分が悪くなったらどうしようと不安がつのり、彼の前で料理にまったく手をつけずにただ座っている自分の姿が頭に浮かんで、行くのが恐ろしくなったのです。
 次第に症状は悪化し、人前ではもちろん、自分の家族とさえ食事ができなくなりました。

●回復のプロセス

 まず、彼の前で緊張するのは当然のことだと、緊張を「あるがまま」に受け入れることが必要でした。その後、さまざまな食事の場面に参加しながら少しずつハードルを高くしていきました。
 最初は自分の家族とファミリーレストランのようなカジュアルな場所での外食。次に、仲のいい女友達との会食。さらに、彼とデートしたいという「目的本位」の行動をとり、「緊張したけれど、彼と過ごせて楽しかった」と実感できたことで、出口が見えました。

ケース2 サークル恐怖症(30代・主婦)

●症状

 小学校のPTA集会や趣味のサークルで、うまく自己紹介ができなかったのをきっかけに、あれでは仲間に入れない、出かけて行ってもまた恥をかくだけだ・・・と思い悩んで苦しくなり、以後は誘いがあってもいろいろ理由をつけて逃げ回ったそうです。

●回復のプロセス
 最初は、夫や親しい友人に付き添ってもらい、特に発言を求められないような会合に参加し、少しずつ、子どもの教育のため、また自分の趣味のために参加しているのだ、参加してよかった、と思えるようになったそうです。自己紹介など気にしなくていい、と開き直ることができたとき、神経症はすっかりよくなっていました。

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